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| 2009年8月 3日 [category:トピックス] |
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都市部で本格的な川の駅 5
地図。右は京阪天満橋ビルのキャッスルホテル
中央のピンクの所が「はちけんや」
新たにスロープで降りる駐車場屋根部分が歩行者通路となっている。
「はちけんや」を出ると右手は京阪天満橋駅の一角にあるキャッスルホテル。ここは大阪市第三セクターが破綻して京阪子会社に事業譲渡されてビルごと一体が京阪の運営となった(他に地権者、区分所有として竹中工務店)
写真は元々地下駐車場へのスロープ、京阪中之島線の3番、4番乗り場の上で工事用の基地として使われていた。西側に駐車場が整備されたこともあり、駐車場は駐輪場として整備される。
駅ビルのキーテナント京阪シティーモール
(旧松坂屋大阪店)が開業した時に有料駐輪場が設置されたが不法駐輪は治まらず、こちら側にも設置されることになった。
「はちけんや」正面玄関から南の筋はお祓い筋といい
ここは旧摂津国の渡邊津(窪津)という瀬戸内海最大の港で平安中期に熊野信仰がおこり、法皇、上皇や皇族、女院が京都から川を下ってここについたのがのちの「八軒屋」です。お祓い筋と云う名は平安末期になって後白河法皇や後鳥羽上皇が 熊野までの行幸に際しお清めをしてから向かったのでこの名がついています。
ここが熊野街道の起点で和歌山県の熊野街道の一部は世界遺産に登録されています。
写真は京阪天満橋駅南側にある本当の「八軒屋浜」跡のある昆布匠永田家本店 ここの昆布は阪急百貨店オンラインショッピングでも買うことができます。
ここに昆布屋さんがあるのは弊社がある老松通りの昆布屋と同じく、安土桃山時代に大坂城の石垣を運ぶ際に昆布を敷いて運んだ名残かと思われます。
玄関にはお店が建てた八軒屋浜船着場跡の石碑と
大阪市教育委員会による石碑(中央の黒)と
今はなくなった東区(中央区に編入)時代の石碑が建立されています。
「川の駅」の西側は堤防を壊して中之島線を建設したあとにスーパー堤防を設置。上は遊歩道下は駐車場という大阪でよくある風景となっています。地元からは緑地はミニショップ公園や既存のビルを改装して喫茶店やレストランなど賑わいがでるように要望があったのですがだだの壁にねってしまい。京阪による1社独占になってしまいました。以前から地下のフロアを川側に向かって店舗を開けていた所は昔の堤防より高い壁が出来てしまい眺望が台無しになってしまいました。
夜は駐車場部分は明るいのですが遊歩道側は暗いです。
1Fからは川が見えましたが、今は2Fからしか見えなくなってしまいました。
天神橋の途中から新たに遊歩道へのルートが出来ました。その橋脚部分です。 見えないだろうと、資材置き場となっているのですが、橋から丸見えです。→橋の下から見た資材置き場。
この日はブルーシートが少なかったのですがもう少し配慮が欲しい所です。
以前はきれいだった天神橋のアーチ下部分工事前にはホ○ムレスが溜まるようになり、工事完了後はそれを防ぐためにアーチ部分も駐車場となり
地元が要望していた、遊歩道から橋脚部分のライトアップは見送られました。
北詰め側も水都大阪2009にようやくホ○ムレスの立ち退きを開始し工事をはじめました。→写真
遊歩道の段差解消などの要望はかなわず。通行も駐車場の営業は終わる時間には施錠されてしまう。
地元要望の最後の砦、天神橋京阪換気塔。
当初は中之島線建設に伴い新設されるので環境になじむように円形にしてほしい。とのことだった。
結局新設ではなく既存の本線と中之島線の換気塔として継続使用となったのだが、まるで毒キノコのようだ。 八軒屋の模型の横に換気塔のシュミレーション模型が数多くあったので、設計は高原さんがしたようだが、地元の方もここにはこだわらなくても良かったのではと思う。
工事前の写真。 地元の方も円形に最後までこだわらなければ、同じルーバーを付けたとしてももっとスッキリとした印象になったはずだ。
素人が見本や模型では理解出来ない、いい見本になったいい例だろう。 企業の後始末を設計者に押し付けられたようで何となく気の毒だ。
天神橋中央から中之島の通称"剣先"方向と奥に
「はちけんや」が見える。
工事前は水際まで近寄れる親水空間だったが二重の策で近寄れなくなった。
再整備の数年前に再整備と称して工事を行なったばかりだが、手すりも錆びた鉄パイプから鋳物の重厚なものに取り替えたばかりだ。 設計は安藤氏だろう。
無駄金使わないでね。破綻直前なのに。
工事中の様子。橋の中央にツインでタワー状の工作物があった。ひとつは螺旋の自転車用スロープのタワー。 整備後は自転車は入れなくなるのでは...。 向かい側には明治時代の戦艦「最上」のマストが保存されていた。戦争遺産として貴重な物だったが、論争を避けるために老朽化の名目に撤去されてしまった。結局呉の「大和ミュージアム」に拾われ廃棄処分だけは免れたが元々ツインタワーになるようにスロープが設計されていたので、バランスがおかしくなってしまった。
新しく設置された再整備の目玉の噴水。
写真は試験放水の様子。 時間を計って撮影しました。
メカニカルな小便小僧がイメージなのか、グロテスクな包茎から放尿されているようです。(ちゃんと先が割れています) 夜は時間によってライトアップの色が変わります。(オレンジ色のライトアップは尿から糖がでているみたいだ。)
'90花の博覧会では土木の工期が間に合わず人が近寄れない所では芝生に見えるよう土砂にグリーンのペンキをスプレーするという恐ろしい暴挙に出ていましたが、ここでは"緑とふれあう空間"のためそのような行動にはでていないです。 ですが花博終了日にはナニワのおかんが会場の花々を毟り取って帰るという行動にでたので、どっこいどっこいですね。
川の畔にはミーハーな大阪人にあわせてタイタニックスポットが設けてある。写真は入場一部解禁直後の5月のものだが、実際にタイタニックをしていたのはやはりナニワのおかんだった。
ここも安藤氏の監修によるもの。
新しくできたなにわ橋駅の下から橋脚を見る。難波橋駅の出入口の場所の設計が非常に悪く、せっかくの難波橋のフォルムが隠れてしまっている。 出入口の監修は安藤氏。アーチ型の出入口は好き嫌いはあるだろうが、位置が非常に悪く、せっかくの撮影スポットに安藤氏のアーチ型の出入口がフレーム内に入ってしまう。中之島中央公会堂側の出入り側もわざと位置をそうしたようにフレーム内に入ってしまい非常に違和感がある。周辺の景観からも浮いている。あと数mずれていただけで見栄えが違うのだが。 大々的にやった中之島線駅舎コンペは何一つ活かされていない。 与えられた条件で設計せざる負えなかったのは分かっていてやはり土木部分に問題があるように思う。
PS.2008.08.20加筆修正
ここには大阪府知事と市長による銘盤が水都大阪2009にあわせ設置されるとの事。
2人とも大阪の首長始まって以来の汚い字でびっくりしました。何十年か残されるのかと思うと悲しいものがあります。
→次の記事へ 他の川の駅を見るためにさらに西方向へ
投稿者 s-hori : 2009年8月 3日 19:50

